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細かい点を除けば、先生の意見には賛成です、学問領域を
自然科学や人文科学に限るのであれば。
まず、あえて細かい点から言わせていただきます。
<日本にはなくなってしまったある種の教育機関
ですが、そもそもそんな教育機関は日本に存在したのでしょうか?
そもそも西洋の大学と日本の大学はその成立過程からして、
同じ「大学」とは到底言えません。
「むだ」なもののあくなき追求を目的とする場所=大学であり、世間で
「使える」人間の栽培=専科でしょうが、日本の大学とやらはそもそも後者を含有
しながら誕生したのではないでしょうか?
次に、先生のご意見はもっともだとは思いますが、それは社会科学フェチに対しても
妥当するのでしょうか?
社会を捨てたとき、否、自ら社会から捨てられたとき、それでも私は社会科学フェチで居続けることができるのでしょうか?
必要悪を否定できないもどかしさこそ社会科学なのだとすれば、それを捨てたとき私は、
社会科学をも捨てることになるのではないでしょうか?
滅茶苦茶な文章で申し訳ないです、若気の至りです、失礼いたしました。
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