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明日です

 投稿者:小池正博  投稿日:2009年 9月18日(金)20時14分25秒
  「バックストロークin大阪」、いよいよ明日に迫りました。
明日の今頃は皆様方と一献酌み交わしていることと思います。
ご参加をお待ちしています。
 

9月19日です

 投稿者:樋口由紀子  投稿日:2009年 9月17日(木)15時34分40秒
  バックストロークin大阪は9月19日です。


日時 9月19日(土)午後1時〜
場所 ホテル・アウィーナ大阪
    大阪市天王寺区石ケ辻町19-12
    最寄駅 近鉄・上本町駅または地下鉄谷町線・谷町九丁目
午後1時・開場   1時30分・出句締切
第一部 シンポジウム「私のいる川柳/私のいない川柳」
 司会   兵頭全郎
 パネラー 彦坂美喜子(井泉短歌会)
      吉澤久良
      小池正博
      樋口由紀子
第二部 川柳大会 各題二句・欠席投句拝辞
 兼題「間」「指す」「ブログ」「栓」「ゾーン」
     (以上、五題の選者は当日発表)
 兼題「侯爵」 石部明選
会費 2000円
   発表誌1200円(同人・会員・購読会員は不要)

午後5時30分〜 懇親会
 会場「きらくや五十鈴」(ハイハイタウン内)
 会費 5000円(飲み放題)

しっかりしているようでしっかりしていない、
しっかりしていないようでしっかりしている、
うちの発行人はそんなおもしろい人です。
だから、みなさん、さらによろしくお願いします。

お待ちしています。
 

同人各位

 投稿者:  投稿日:2009年 9月17日(木)09時14分49秒
編集済
  かねてご案内のとおりの「バックストロークin大阪」の日(9月18日)が近づいています。
ご承知のように、この事業は2年に1度開催する本誌の最も重要な事業であります。同
人、特に関西を中心とする東京〜岡山エリアの同人は責任参加をお願いします。

勿論、会員・誌友の積極的参加もお願いし、一般参加も大歓迎です。

パネルディスカッション「私のいる川柳/私のいない川柳」がどのような話題に発展し
ていくか。ここはパネラーの意見を聞くだけではなく、参加者もこの議論に参加して
いただくことによって、よりスリリングで熱いシンポジュウムになる。

ぜひ手をあげてパネラーを挑発し、司会者を困らす異論、反論の続出を期待していま
す。
 

HP・金 子 兜 太

 投稿者:  投稿日:2009年 8月17日(月)18時43分57秒
編集済
  俳句の遠藤秀子さん管理のホームページ「金子兜太」に「バックストローク」27号の
課題吟「ラムネ」の選と評、重森恒雄選が紹介されています。

遠藤さんの私信によると「いつも読まして頂いていたのですが現代川柳は過激かつ面
白いです。だんだんに過激なものも掲載したいと思っています。」とのこと。

写真は句会中の金子兜太(「海程」代表)

http://kanekotohta.jp/

 

駄文

 投稿者:野口裕  投稿日:2009年 8月10日(月)21時49分22秒
   僭越ながら、「甜瓜図」なる駄文を「週刊俳句」に上げています。
時間があればお立ち寄り下さい。

http://weekly-haiku.blogspot.com/2009/08/blog-post_09.html
 

23ページのメロン図について  森茂俊

 投稿者:柊馬  投稿日:2009年 7月16日(木)10時26分45秒
編集済
   この句を「BSおかやま大会」で聴いたとき、作者不在の句だと感じた。私などが川柳
をはじめた頃には、作者の存在の感じられない句はダメとされたが、この句は、作者不
在によって既成の川柳の書き方や読みを破壊するここちよさが感じられた。
 つまり、〈私性〉から書かれたものではない、だから、強い破壊感が表現できるのだ
という感じだった。

 文学シーンから「私」性が退いたのは80年代だったが、それが、世紀が移ったころま
でに川柳に及んで、とうとう大会の題詠で衆目をあびるところにまで来たとも感じられ
た。作者の〈私性〉と、作者の〈思い〉の分劃ということが、意識も認識もされていな
い多くの川柳を、軽く超える句だ、と思ったのだ。

 私達は、「23ページ」、「メロン図」、何々「について」、という言葉をそれぞれ既
知のものとして、あるいは既視感として自分なりに知っている。確たるものであれ、あ
いまいであれ、読者が、自身に内在するそれらを意識するとき、一句は作者から離れて
読者個人のものとなる。

 読者は具体的に、これらの言葉が喚起するイメージや感覚、どこかで出会ったという
感じを想い起こして、この句にあるはずの、意味性に向かって整合しようとするが、こ
の句は、意味を結ばせずに、読者を宙吊りにしてしまう。「23ページのメロン図」を思
い浮かべても「について」という句語が、意味性への整合化を徒労にするからだ。
 三つの単語を結ぶ「の」「に」によって成る一句の作品が自立感をもって存在するの
だが、「について」という未解決性へ読者を放り出す。

 意味が見えない、感じられない、という苛立ちとともに、一句を受け入れねばならな
い途惑いと躊躇い――が、読者自身の意識や認識より、一句を造っている<言葉>の方
が決定的な存在であることを思わせる、この、いまいましさ!じれったさ!
 知っているという意識と、思い出そうとする感懐などの、既知や既視のものを再構成
させない、無化させる句が、読者個々人の存在をゆさぶっている。無礼な一句によって、
存在がゆさぶられる。

 逆に言えばこの句は、読者の個別性、存在感をあらためて引寄せようとさせる句だ。
一句が、読者個人の生、存在に直面させると言ってもいいだろう。

  繰り返すことになるが、この句は、既知感や既視感を一度分割して再構成をうながす
が、「について」という未解決性によって、再構成させない。未解決性が読者個々人に
自己の生を自覚させる動因となっているのである もちろんこの句の特殊性は新しいも
のではない。私達はデジャヴュの書かれた一句として、あるいは個人生活の中でこれま
でも何処かで同様のデジャヴュに接しているかもしれない。

 しかし「23ページ」「メロン図」という単純で鮮明なイメージであるはずのものが、
「について」という句語のによって定着しない。この不安定感は圧倒的に、いままでの
川柳の書き方と、川柳的な読みを破壊する。

  この句の新しさからいえば古い言い方になるが、破壊感と未解決感が、ものすごいリ
アリティーを具えているのだ。
 

60年の功罪

 投稿者:  投稿日:2009年 7月14日(火)09時00分49秒
編集済
  衝撃的な句が少なかったとか、多かったとか各ブログに賑やかだが、今回の作品を読
み返して、選者の一人として玉野川柳大会60周年の功罪がかなり鮮明に見えるような
気がした。衝撃的・刺激的も一つの表現ではあるが、川柳の本質的な良さがその陰に
隠れてしまうことだけは避けねばならぬ。少なくとも玉野を衝撃的・刺激的ビックリ
大会にしてはいけない。来年以降の選者はさらに厳しく自らの試練を問われるだろう。

もちろん「BSおかやま大会」の作品も活字化された時点で一度検証してみなければな
らないが、私たちを取り巻く社会状況、あるいは衝撃と刺激に満ちた世界と向き合う
えば、必然的にその様相は作品に跳ね返ってくる。それを否定するつもりはないが、
問題にしなければならないのは、大会のための衝撃や刺激的な言葉が濫用されていな
いかどうか。競吟である以上やむを得ないとするかどうか。しかし、言葉のごった煮
のような競吟の世界のたった一句であっても

23ページのメロン図について  森茂俊

を得たことも問題提起としてBS大会の成果である。選者・彦坂喜美子さんの論評を待
って、それぞれの意見を出し合いたい。
 

玉野川柳大会特選・準特選

 投稿者:  投稿日:2009年 7月13日(月)14時58分49秒
編集済
  課題「境」
金築雨学選
特 背鰭立ち上げて境界線とする    富山やよい
準 ここからは来るなと青く葱を植え  石部明
軸 境界に人形劇のタヌキ棲む     金築雨学

樋口由紀子選
特 全景も境界も水でできている    清水かおり
準 最初はグーそしてはじまる境かな  前原勝郎
軸 境目になべかまやかん積み上げる  樋口由紀子

課題「むかし」
石部明選
特 昔とは真下に延ばす腕である    山田ゆみ葉
準 満々と笑う縄文土器の顎      筒井祥文
軸 目立屋の月にかざしているむかし  石部明

国方艶子選
特 見事にしずくする古戦場の桃    橋本充子
準 白チョークの線を辿るとある昔   岸下吉秋
軸 かぼちゃの花もとおい戦禍ょ曳きずった 国方艶子

課題「漂う」
田中博造選
特 蜉蝣が漂い姉がいなくなる     桑名知華子
準 鼻緒の切れたおっさんが浮いている くんじろう
軸 もう少しピエロでいさせてくれますか 田中博造

清水かおり選
特 漂いは水垢だろうか毬藻だろうか   熊井艶子
準 カーテンを閉めて漂い出す家族    松永千秋
軸 両腕の長さを漂う首都である     清水かおり

課題「余波」
くんじろう選
特 仰向けに転んだ姉のあとしまつ    安原博
準 余波なのか髪はずっとしめったまま  片野千恵子
軸 お言葉を発すめん鶏爆裂す      くんじろう

草地豊子選
特 馬火照るリンゴの色が変わるまで   吉澤久良
準 余波がそろってミーティング開かれる 山下和代
軸 余波がきた後に居座る黒電話     草地豊子

課題「まぼろし」前田一石選
特 金網で囲むとそこはまぼろしに    井上しのぶ
準 飲んでいますまぼろし溶したレモン水 山本三香子
軸 まぼろしを追うてのひらのパロディよ 前田一石


明のベスト3+1
昔とは真下に延ばす腕である    山田ゆみ葉
両腕の長さを漂う首都である    清水かおり
馬火照るリンゴの色が変わるまで  吉澤久良

ここからは来るなと青く葱を植え  石部明
 

『草地豊子集』

 投稿者:  投稿日:2009年 7月 8日(水)21時46分59秒
編集済
  いつの頃か、草地豊子はこう書くことを念願した。そして、こう書くことの途上の句
集をだした。この句集から草地豊子がスタートする。

雨の日は雨の音する蝶番
花びらが積もって耳が遠くなる
私のしずく両腕からこぼす
ほおずきを鳴らして姉は勝ち続け
息継ぎの微かな音がする柱

これらはほんの一握りだが、こんな目線で日常をとらえ、おかしくてせつない自分を
戯画化してみせる。天根夢草と樋口由紀子が作品世界と作者をわかりやすく解説する。

BSネットショップに展示しました。ぜひお買い求めください。

http://www.netrend.co.jp/netrend/jsp/wagon2.jsp?shopid=akuru_2006
 

草地豊子集

 投稿者:石田柊馬  投稿日:2009年 7月 8日(水)21時07分8秒
   古川柳のもっとも大きな特徴は、<うがち>の視線で書かれた句が多いことだった。近代化の過程で自我の表出が普通のことになり、古川柳に書かれた良き人情は自我の表出に止揚されたという認識が定着、六大家や吉川雉子郎などが多くの佳作を書いた。さらに民主主義が伝播するなかで、作者の自我と、社会状況や境涯との関係性に生じる叙情が一般的な共感レベルで書かれて、そこに<うがち>の視線が活きた――とする単純だが首肯できる歴史観がある。私川柳として書かれた佳作はとても多くあり、他の短詩型文芸とならびつつ<うがち>の感を発散、川柳らしさを温存しつつ飽和状態となった。

 『草地豊子集』(セレクション柳人 邑書林刊)のもっとも大きな見所、読み所は、私川柳の飽和から離れた位置で、現代人の日常的な感性による<うがち>が書かれていることだ。
 私性の表出を否定しているのではない。私性を書くときにも、川柳的な<うがち>を上位にして、川柳の現代性、川柳眼(アイ)の柔軟性を世に問うているのだ。
 そこに<うがち>と抒情の融合があり、生動感をもって現われている。

 現代川柳のひとつの書き方が、このようにあると感じさせてくれる句集である。

  入院の袋ことこと鳴るコップ
  犬の居たところが少し暖かい
  馥郁と育つものあり冷暗所
  切る人を切ってねばつくアスファルト
  院長が変わり油絵がかわり
  夕ざくら切手の甘さ舌にあり
  ふるさとは崩壊途上納戸色
  揉み出すと雨の匂いのするヨモギ
 

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