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どうも、猫の郵便屋です。
朝方、一日目の概要を書いて直ぐさま寝て、
数時間後起きた時の脚の重さときたら・・・。
念の為今日までお休みを頂いておいて正解だったと思っている次第。
閑話休題、
私の二日目は午前6時30分より少し前、
目は覚めていたが布団の中でただただゴロゴロしていると、
赤岡さんが仕掛けておいたものと思われるアラームが鳴り、
それによって本格的に幕を開けた。
天候は前日から続き、雨。
波乱を予感させた。
暫くして民宿の女将さんの
「朝御飯が出来ましたよ」
との御声で皆一斉に座敷に詰め掛けた。
前日夜の、西澤監督曰く“ちょっとしつこかった”、
でも若手の私にしてみたらすごく嬉しかった肉満載の料理とは全く様相が違い、
朝御飯らしく、西澤監督曰く“山菜ばかりで皆同じ味に感じられた”というような、
あっさりとしたメニューがそこには並んでいた。
その席で、エース武藤さんは静かに闘志を燃やし、
一方で残念レースを頑張ろうという赤岡さんは見るからに燃えていた。
私や富田さんは至って冷静に、
私は一日目のレースでアウトになる前から予算を建て前として残念レースには出ないようにしようと思っていたし、
富田さんは残念なんていう言葉が付くレースは眼中に無いようだった。
朝御飯を食べ終わるとすぐに民宿を後にし、
レース会場に向かう道すがら、昼食を調達できる店はないかと探してはみたものの、
コンビニが無いことは目に見えていたし、
頼みの綱の、いつもはそこで調達するらしいスーパーマーケットも、
時間が早すぎて開店していなかった。
そこらで時間一杯。
“我慢しよう”“何とかなるさ”ということになり、
昼食抜きが確実な情勢で会場へと歩を運んだ。
会場に到着するとまたもや慌てなくてはならない時間で、
赤岡さんは早々に申し込みを済ませ、着替え、アップを始めた。
が、それもままならないまま時間が来てしまい、
皆で赤岡さんに檄を飛ばし、見送った。
間もなくレースが始まり、見ていると初めの内は楽しそうに集団に付いていたが、
次第に切れてしまい、数人の中切れになった後、さらに切れて単独になってしまい、
最終的には残念な結果に終わったが、
本人は悔しそうな一方で満足げな表情も見せ、曰く
「来年の良い目標が出来ました」
とのことだった。
残念レースが終わるといよいよ二日目のレースとなる。
武藤さんが、ぼちぼち用意しようかというような至って冷静な表情で着替えを始めた。
それが終わるとOGUShow號からローラーとバイクを降ろしてアップ、
十分な時間が経った後、皆で静かに送り出した。
暫くするとレースがスタートし、
私達がいた受付近くの場所からすると向こう岸を選手や審判車等が通り、
更に暫くすると私達の目の前を選手等が通った。
武藤さんは、後方ではあるが集団の中にいた。
二周、三周とそんな状況が続いたのだが、
いつの間にか武藤さんは集団から切れていた。
だがさすが、タイムアウトにはならず、
ラスト一周を走れるかというところまで頑張ってくれたのだが、
一周を残してタイムアウトになってしまい、
どこかおかしい自転車に乗って帰ってきた。
どこがおかしかったのかというと、そう、ホイールである。
後輪がカンパからマヴィックに変わっていた。
パンクしてしまい、切れるのを余儀なくされたらしい。
みんなしてそのニュートラルカーから借りたホイールを、
“良く回る”だの“一本だけある赤いスポークが高い証”だの言いながら暫く観察していたのだが、
勿論返さなくてはならない、
が、
選手が返しに行くと、更に言うとうっかり自転車で返しに行ってしまうと、
パンクしたタイヤで坂を下ってこないといけなくなる。
そこで西澤総監督の出番である。
借りたホイールを返し、元々のホイールを受け取るという仕事を見事やってのけた。
間もなくレースが終わり、
交通規制も解除された模様だったので、
帰る準備は万端だった我々は急ぎ会場を後にした。
向かう先は勿論、奈良井の秘湯である。
皆十分に浸かり二日間の疲れを癒し、本格的に帰路に就き、
道すがら、皆さん曰くいつものうどん屋に寄って遅い昼食を摂った。
私は此処で重大なミスを犯してしまったのは秘密にしたいが、
敢えて公開すると、
勢い余って三玉で注文してしまったのである。
勿論完食した。完食したが、摂生の為にはせめて二玉半で留めておくべきだった。
この食事が夜遅くまで腹に残って、夕御飯が要らなかったのは言うまでもないだろう。
高速道を通り、
群馬に着く頃にはもう夜であった。
まず西澤さん宅に寄り、ダムで一生懸命拾ったらしい流木を人海戦術で降ろし、
見るだけで別世界に飛んでいけるその家を皆でまじまじと観察。
住むのは大変だろうが、趣味が実益も兼ねている良い例であり、大変羨ましく思う。
一頻り観察すると西澤さん宅を後にし、
行きとは逆に、二番目は高崎を抜けて、前橋の私の家に到着した。
荷物が結構大変な事になっていたがそれはそれとして、
ここで私が体験した初めての木祖村レースは幕を閉じた。
家に着いてからも、暫くは疲労やら何やらで実感が無かったものの、
自分で言うのもなんだが、強かにいつも使っているローラーを回し、
家の風呂に入ると、やっと帰ってきたことを実感できた。
冒頭にも少し書いたが、旅の疲れは想像以上である事を改めて思い知った二日間であった。
しかし、RPGではないがそれを経験値に替え、
積み重ねることによりレベルアップ出来るのだということも実感している。
私にとっておおよそ一年目の今年、
遠征には積極的に参加し、しっかりとした下地を作っていきたいと思っている次第。
以上が木祖村 2dayの私主観での概要である。
ちなみに、
参加者名簿には名前が載っている澁谷さんは、体調不良により欠場なさったので、
私が思い出す物語の中には残念ながら登場しない。
一日目、二日目と読んでみて、楽しそうだが他人事と思えてしまう方はこれらを読むだけで。
来年は参加したいかもと思った方は是非ミノムシ市川へ!
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